諏訪大社と古代イスラエルの不思議な関係

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先日、京極夏彦の「狂骨の夢」という本を読み、タケミナカタ(建御名方神:日本神話の神)に興味が湧いたので、主祭神として祀られている諏訪大社について少し調べてみました。

すると、古代イスラエルとの共通点が多数あるという、一瞬信じられないような説があることを知りました。
確かに以前「日本人のルーツはユダヤ?君が代はヘブライ語?日ユ同祖論の謎について」でも書いたように神道には古代ユダヤとの似ている点があることは知っていましたが、諏訪大社の御柱祭や御頭祭、御神渡という神事にまで共通点があるとは知りませんでした。

祭以外にも、似ている、というか共通点が多々あります。

・諏訪大社にある十間廊という建物が古代イスラエルの幕屋という建物と大きさ、形、方角、使用方法が同じ(東が入口、西に神輿、アーク(聖櫃)が置かれている)
・日本の畳や押し入れ等の大きさに使われる「一間」という単位(=176センチ)は古代イスラエルの4キュビトにあたる
・諏訪大社の御神体山は守屋山、イスラエルにもモリヤという丘があり信仰の対象となっている

などなど、非常に興味深いです。

上で書いた御柱祭とは、よくテレビでもニュースになる、でっかい丸太を山の斜面から滑り落として人が乗ったりする神事です。
なんだかよくテレビで見るような気がしますが、正確には6年毎(寅年・申年)に開かれるようです。

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Wikipediaによると、
「山中から御柱として樅(もみ)の大木を16本(上社本宮・前宮、下社秋宮・春宮各4本)切り出し、長野県諏訪地方の各地区の氏子の分担で4箇所の各宮まで曳行し社殿の四方に建てて神木とする勇壮な大祭」
ということのようです。

そして古代イスラエルでは「ソロモン神殿を造る時、レバノンの山中から大木を切り出し、エルサレムまで運んだ」ということが聖書に記されています。

また、古代イスラエルでは木には神が宿るとされていたそうなのですが、諏訪大社でも木の柱が崇拝されています。

中でも注目したいのが、神様の名前です。
古代イスラエルの女神の名前は「アシラ」、日本の神様は「柱(ハシラ)」と数えられますね。
「アシラ」が日本に伝わり、その後「柱」と呼ばれるようになったのではないかと、そう思いました。

また、あまりメジャーではないですが、諏訪大社には、「御頭祭」という神事があります。

「御頭祭」とは、『柱に縛りつけられた子供が生贄になり、神官が子供に刃物を振り上げます。すると別の神官が現れて子供を解放し、鹿の頭75頭分を身代わりに捧げる』というなんだかよくわからない神事です。ちなみに明治以前には実際に行われていたようですが、現在は別の形がとられています。

一方、古代イスラエルには、「イサク伝承」というものがあります。
こちらは「アブラハムという人が神から、「息子をモリヤの地へ連れて行き、生贄として捧げるよう」に言われ、言われるがまま息子をモリヤの地に連れて行き刃物を向けたその時、神の遣いが現れてそれを止める。そしてそこにいた雄羊を代わりに神に捧げた。」
という内容の伝承です。こちらは聖書に載っているものです。

非常に似ていますよね。日本には羊がいないので替わりに鹿で代用したのでしょうか。
ここまで似ていると偶然とは思えない、、、そう思います。

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そして諏訪湖で行われる神事「御神渡」。
「御神渡」とは、「諏訪湖で冬に発生する氷の盛り上がり現象で、神が湖の上を歩いた跡」とされています。

聖書には「ガラリヤ湖を船で渡る弟子たちの所に、イエス・キリストが水の上を歩いて来た」という記述があります。
水の上を歩いたとありますが、研究者によると、当時のガラリヤ湖は凍っており、キリストは氷の上を歩いたのではないかと云われています。

このように諏訪大社や諏訪地方に伝わるものには古代イスラエルと驚くほどの共通点があります。
実際にイスラエルの調査団が日本に来た際、真っ先に向かったのは諏訪大社だったそうです。

やはり古代イスラエルから来た人達が、諏訪大社を含めて日本に神事等を伝えたのでしょうか。

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